生長の家年史
昭和34年03月01日 生長の家30年史発行
昭和44年11月22日 生長の家40年史発行
昭和55年11月22日 生長の家50年史発行 ※以降年史の発行なし
昭和58年 生長の家政治連合活動停止発表
※生政連活動停止の決定(「聖使命』昭和58年8月15日号) ⇒全文を見る
※生長の家政治連合の解散は突然発表され、部内での説明も不十分だったので、生長の家政治連合の関係者を中心に、多くの信徒からの激しい反発がありました。そのために生長の家から離れて、独自の運動を始める人も出ました。本部の権威も傷つきました。(トキ掲示板から)
昭和60年06月17日 生長の家創始者 谷口雅春先生昇天
昭和60年09月20日 教化部長・相愛会教区連合会長・白鳩会教区連合会長・青年会教区執行委員長・地方講師会長宛に❝「日本を守る国民会議」等の団体について”を特別通達。
昭和60年11月10日 国民文化研究会・小田村寅二郎理事長が機関紙「国民同胞」に「故谷口雅春先生を追慕申し上げる傍ら『生長の家』の後継執行部各位に心底からの苦言を呈上する」を掲載する。
平成07年 生長の家信者減少始まる ※平成7年 876,732人⇒令和5年 310,236人
平成14年09月27日 「月刊 谷口雅春先生を学ぶ」発刊(創刊の辞)(創刊の辞・音声版)、「谷口雅春先生を学ぶ会」発足
平成14年 宮澤潔氏と裁判。宮澤潔氏、生長の家オーストラリアの独立を宣言。教団本部がオーストラリアで提訴の後、「生長の家」の名称不使用の条件で和解(裁判費用約5億円を支出)
平成16年02月04日 【生長の家左傾化】が書籍「日本を貶める人々」(著者 渡部昇一・新田均・八木秀次)に掲載される。
平成17年 谷口清超総裁、団体参拝練成会の講話指導後、 体調を崩す。以後、公の場に出席無し。
平成20年10月28日 谷口清超先生昇天
平成21年 教団本部・日本教文社と、生長の家社会事業団・光明思想社との間で、『生命の實相』・聖経の著作権を巡る裁判始まる。
平成25年 02月06日 「鎮護国家特別誓願」から「鎮護国家」を削除。
平成25年 「森の中のオフィス」を竣工、国際本部を移転。谷口恵美子先生独居となる。
平成26年 谷口恵美子先生、宮澤潔・壽美(清超・恵美子先生の次女)の住む高知へ移住。
令和05年10月22日 谷口恵美子先生昇天(谷口雅宣総裁は葬儀欠席)